中国南部揚子江とメコン川流域の自然 |
「国立科学博物館 植物第一研究室長」 近田 文弘 |
中国南部はヒマラヤ高地から上海や南京のある平野部まで広大な面積と大きな標高差を持っています。ヒマラヤに源を発する揚子江が東へ流れ、メコン川が南へ流れています。これらの流域は温暖湿潤な気候に恵まれ、ヒマラヤから日本を含む植物地理学上の日華区系に属し、日本と共通の植物も多いのです。しかし、ヒマラヤの高地は別として、日本の研究者がこの地域へ調査に訪れたことは少なく、特に揚子江下流では、ほとんど例がありません。そこで国立科学博物館植物研究部では、この地域の調査に取り組んできました。
揚子江最下流域の山岳地である天目山では中国産のスギ(柳杉)の巨木群が谷を覆い、天然のイチョウが自生しています。揚子江を遡った南京の南約400Kmには井崗山があります。峨峨とした山容と深い峡谷をめぐらすこの山には亜熱帯的要素を持つ照葉樹林が茂っています。ここは中国の近代史上顕名な山として知られています。それは、毛沢東が同志と共にこの山を根拠に中国共産党を旗揚げをしたからです。これに因み、井崗山の山岳風景は中国の百元紙幣の絵柄となっています。さらに揚子江を遡った貴州省にある梵浄山は、国家級自然保護区として厳重に保護され、ブナ林をはじめ広大な自然林と多くの野生動物が知られています。中国の平野や山岳地の大部分は開発し尽くされていますが、各地に素晴らしい自然林が残されており、日本の自然林の貧弱さを痛感させられます。
メコン川流域のシーサバンナ(西双版納)には熱帯の自然林があり、少数民族が焼畑農業を営んでいます。平地ではタイ族が水稲を作り、山地ではハニ族やヂノ族が陸稲を作ります。そこには自然の回復力を上手に利用した伝統的生活があります。彼らが作る米には赤米があり、市場ではこれを炊いた赤飯や黄色に染色した黄飯などが売られています。 |