社団法人 東北地域環境計画研究会事務局


公開講演会の紹介
世界遺産白神山地ブナ林の森林植生モニタリングについて
「元森林総合研究所」 浅沼 晟吾
 93年12月に世界自然遺産に登録された白神山地の原生的なブナ林の特性を明らかにするため、数万ヘクタール規模のまとまりのある「ブナ林生態系」の中に、96〜97年、森林総研東北支所と青森営林局及び秋田営林局(当時)の共同で、長期にわたる固定試験地を設け、森林の変動を観察・把握する調査を進めている。

 核心地域の内部に、青森県側では「ヤナダキノサワ試験地」(AO)、秋田県側では「粕毛川源流部試験地」(AK)の二つを「長期変動調査固定試験地」として設定し、これまでに第1回と第2回の全木調査を行った結果の一部を紹介する。

(1)白神山地のブナ林
 東北のブナ林は、最終氷河期以降の気候温暖化に伴って本州を北進し約九千年前頃には東北地方の北部まで到達していたとされ、白神山地では約八千年前にはブナ林が覆っていたものと推定されている。これが現代までそのまま引き継がれていれば、まさにブナ原生林ということにはなるが、記録にある事例でも津軽藩政下の江戸時代中期には、都市部への薪の供給を計るための「流木山」としての利用がなされ、かなり奥地にまで人手が及んでいることがわかっている。

 今でも容易に入りがたい奥の小さな沢に、細かく「名前」が付けられていて、これにより区域を指定した伐採が営まれたのである。また周辺には鉱山が開かれた歴史もあり、溶鉱のための炭を供給する製炭も奥地のブナ林で行われていた痕跡が認められている。近代の拡大造林の推進によって各地で多くのブナ林が消失してしまったが、ごく一部が保護林として残され現在は「緑の回廊」の要衝として相互に連結された取り扱いを行うようになっている。保護運動の焦点となった白神山地のブナ林は、青秋林道の開発取りやめから「森林生態系保護地域」への指定を経て、世界でも貴重なまとまったブナ林が分布する地域として世界遺産(注)に登録となった。

(注)陸上、淡水、沿岸、及び、海洋生態系と動植物群集の進化と発達において、進行しつつある重要な生態学的、生物学的プロセスを示す顕著な見本(自然遺産登録基準の2に該当)

 世界遺産としての白神ブナ林生態系を適切に管理するために、95年11月には「白神山地世界遺産地域管理計画」が定められ、保全管理の基本方針として

 ▼世界遺産としての価値を損なうことのないよう、核心地域、緩衝地域の管理区分に沿って的確に保全
 ▼学術調査上必要な調査や長期にわたるモニタリング等を実施し、基礎的データの収集に努める−などとうたわれている。そこでこのモニタリングが推進されることとなった。

 世界遺産という冠がついたために白神山地の人気が高まり、盛りだくさんの観光ツアー企画などが押し寄せている現状であるが、地元青森県・秋田県が平成13年10月7日に作った「白神山地憲章」で掲げた「貴い遺産が伝えられたことに感謝し、一人ひとりがルールを守り、ブナ天然林の美しさを残すため、ベストを尽くしましょう」の理念と調和した利活用が今後いっそう適切になされて行くことが大きな課題となっている。

(2)ブナ林の森林植生モニタリング
 白神山地管理計画に沿ってブナ林の長期的変化をモニタリングするその第1期調査(95〜99)および第2期調査(00〜04)を実施した。長期変動のモニタリング試験地を選定・設定・調査する手順を決めた(中略)。

長期変動調査のための「100年試験地」として維持し、区画や個体標識の保全と試験地のメンテナンスも含め、超長期に継続する仕様としている。

(3)調査結果の概要
AOは津軽森林管理署(旧・鰺ヶ沢営林署)管内63林班ろ2、標高500〜540メートル、西向きの山腹斜面
AKは米代西部森林管理署(旧・二ツ井営林署)管内18林班へ1、標高535〜635メートル、西向きの山腹斜面、これらは上半分がやや急傾斜で下半分が緩傾斜となっている。

 試験地の面積が2ヘクタール(200×100メートル)、その中に小区画(20メートルメッシュ)50個を設定、試験地内部を測量し1メートル等高線の地形図を作製している。

 周辺の林相は、外観ではほとんどがブナの優占するまったくのブナ林ばかりという、印象に近い。沢筋や湿地ではサワグルミ・ヤチダモ・トチノキが卓越する箇所も混在するが局所・小面積で、岩塊が露出するような狭まった尾根に見られるキタゴヨウも林としては小さい。

【第1回の調査結果(98年度まとめ)】
(1)AO・・全体の立木本数は1014本でその27パーセントがブナ、最大胸高直径の個体は131センチ、ブナのほかはイタヤカエデ、ホオノキ、サワグルミ、シナノキなど24樹種があった。林床植生の分布パターンは、(イ)優占度5〜4でチシマザサが第1順位を占める小区画が84パーセントあり、(ロ)次いで多いのは優占度3〜2で分布するオオバクロモジ、(ハ)第3順位には場所によりオオカメノキ、ハイイヌガヤ、ヒメアオキ、シラネワラビ、ミゾシダ、ユキザサなどが入れ替わって優占、(ニ)試験地全体では出現種数が151(調査季節の関係から春型植生が欠落している、以下AKでも同様)

(2)AK・・全体の立木本数739本でその57パーセントがブナ、最大胸高直径114センチ、ほかにホオノキ、イタヤカエデ、ウダイカンバなど21樹種。林床植生の優占パターンは、(イ)優占度4〜3でチシマザサが第1順位の小区画が66パーセント、(ロ)優占度3〜2で分布するものは、場所によりオオカメノキ、オオバクロモジ、ヒメアオキ、シラネワラビ、ヤマソテツ、オクノカンスゲなどが入れ替わって第2〜第3順位で優占、(ハ)試験地全体の出現種数は92種。

【第2回調査結果(03年度)】
(1)AO・・全体で854個体がカウントされその30パーセントがブナ、新たに調査対象サイズに加わった個体は9樹種の21本。

(2)AK・・全体で810個体がカウントされそのうち54パーセントがブナ、新たに調査対象サイズに加わった個体は9樹種で138本。

 AOとAK双方のブナ林には森林の構成に違いが認められ、AOの方が老熟した個体が多くAKは比較的壮齢期のブナの割合が高い。また特筆すべきこととしては、AKでは試験地内に、また周辺でも古い炭窯と見られる遺構が存在することである。往時の炭焼き伐採の可能性が強い。

 以上の林木の調査のほかに、通年の林内気温の変化と冬季の最大積雪深の計測を行っており、積雪量の概略値は3メートル前後となっている(02〜03年冬季)。

 これまでの継続観察で顕著になったことは、台風などの影響による倒壊木の発生頻度が少なくないことである。試験地内の林冠木が倒れてギャップができ、それが年々拡大するところも出てきている。当然、後継木の成長の変動が期待されることから、今後も細かに観察と測定を進めて行く必要がある。

(4)今後への期待
 モニタリングは長期に続けてこそ価値が出てくる。AO・AKを「100年試験地」として維持し、10年きざみでの定期的調査を反復して、白神のブナ林の真の姿を明らかにするための関係機関の努力が、今後ともぜひ継続されるよう期待している。

 今回までの調査結果については今後、東北森林管理局と共同して公開報告し、調査データの頒布も計画している。




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